この写真は、2012年、スーパーハイリスクの告知を受けた時に作った
もの。結局、マラソン大会は2013年の丹波篠山マラソンを最後に走っ
ていません。走りたくても、とうてい走ることが出来ない状態になりました。
ホルモン療法の副作用で。この時の丹波篠山マラソンは10キロぐらいの関門で
ひっかかり、完走することはできませんでした。しかし、前述「写真」で掲載した
布を背中に張り付けて走っている時、20代と思われる若い男性が途中から私と
並走してくれるようになりました。理由はその男性のおじいちゃんが癌でなくなった
からとのことでした。別れるときはその男性にお礼を言いました。
これ「写真2」の布は一度も使ったことが有りません。いつか、背中に貼って走る
時が来るかも・・・。
もの。結局、マラソン大会は2013年の丹波篠山マラソンを最後に走っ
ていません。走りたくても、とうてい走ることが出来ない状態になりました。
ホルモン療法の副作用で。この時の丹波篠山マラソンは10キロぐらいの関門で
ひっかかり、完走することはできませんでした。しかし、前述「写真」で掲載した
布を背中に張り付けて走っている時、20代と思われる若い男性が途中から私と
並走してくれるようになりました。理由はその男性のおじいちゃんが癌でなくなった
からとのことでした。別れるときはその男性にお礼を言いました。
これ「写真2」の布は一度も使ったことが有りません。いつか、背中に貼って走る
時が来るかも・・・。
