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SANZOKU様、GANBA-SETA様
投稿者:りんご 投稿日:2015/11/01(日) 17:57:15 No.6608 [返信]
 さっそく、励ましの言葉をいただきありがとうございました。3月以降は地元で陰性だったものの、PSAが高いし、6か月後にTURの予定ということは、根治しないという見立てなのだ、と思いよく眠れない時期を過ごしました。

なんとか気持ちを奮い立たせて、食事療法の文献を読んだり、4月にセカンドオピニオンを受けたり、MRI生検のことを調べて過ごしました。6月下旬にMRI IN_BORE生検をK中央病院で実施していただけるという返事をもらったものの、体調も万全ではなく、その日になってさえ気が重い旅でした。

生検が終わって、念のため他のクリニックで1泊したら高熱が出て、救急車でK中央病院に戻って敗血症で入院。そのまま飛行機で帰っていたら機内で死んでいたかもしれません。結果は3日後くらいに聞きました。元々ほぼ陽性と思っていたので治療に入れる、という気持ちでした。

2週間後に敗血症の状態を確認するためにMRIを撮ったら、転移はないものの、膿瘍が発見され、さらに1週間入院。「どんなに遠い病院でも、早く見つけてもらって次はトリモダリティで治療してもらおう」ということを心の支えにしていたのに、膿瘍があっては根治はできなくなってしまった、という絶望感で、入院中は安定剤を夜処方してもらっていました。

K中央病院では、2か月ほど治療が必要だが完治はしない、との見立てでした。K中央病院では私の地元転院を望みましたが、地元で治療を引き継ぐかの不安が大きいまま転院しました。

案の定、地元では抗生剤の飲み薬だけでした。この時期、膿瘍と癌の治療をどうすべきかを、またしても、ひげの父さんに相談し、著名な先生たちからのアドバイスも頂戴しました。診ないとわからないとしながらも、難しい症例という点だけが共通の診断でした。

ここでまたも悩む日々でしたが、ひげの父さんに「そろそろ自分で決断する時期」と背中を押してもらい、根治的治療を望む先生に、その治療を展望したうえで膿瘍のことを相談しよう、という気になりました。このときはGANBA_SETAさん、SANZOKUさんにもアドバイスをいただき、やはりトリモダリティで探すことにしました。

 実績豊富な病院機構S病院に、9月中頃連絡を入れ10月中旬と下旬に予約でき、行ってまいりました。
断られることも覚悟して出かけました。
初診は超音波検査で、膿瘍は見えないが、小線源は避けIMRTがよいかもしれない、とのこと。

2回目には他院でのMRIとプレパラートをS病院で再検討した結果を聞きました。GSは8ではなくて、4+3でT2aN0M0だそうです。中リスクかもしれない、とのお話。(いろいろ知恵をつけていたので、大喜びはしませんが適応となった喜びだけはありました)

小線源治療で、炎症をおこしたことは1例もなく、放射線に消毒作用があるのではないか、とおっしゃっていました。しかし既に炎症が潜んでいる場合に前立腺に小線源治療を行うと刺激を受けて炎症を起こす可能性を否定できないので、半年後に再度MRIを撮って判断する。内照射プラス外照射がよいだろう、とのことでした。MRIでも見えない炎症の可能性も考え、自然治癒力で半年待つ、というご判断のようです。強い抗生剤点滴を受けたので耐性菌の問題を避けるため期間をおく意味もあると想像しております(長話は失礼と思い質問できませんでした)
ホルモン治療は7月上旬から継続していますが、ゴナックスは継続、カソデクスは中止とのことでした。


GANBA_SETAさんが言われるように、PSAが高いので、この掲示板やブログで同じようなPSAの方の再発状況を調べており、MRIで見えなくても浸潤の可能性はあるだろう、という覚悟はできています。

ホルモン治療の効果が出て体調が良いことや、日本で最高の根治的治療を受けられるめどが立ったので、いまはやっと報告でき、仕事にも気力が向くようになっています。

根治的治療を受けたとしても結果はわからないのですが、自分にできることは、日本で最善の対処をすることだけであり、それができたという満足はあります。悩む期間が長くて悩むことに疲れたのでしょうか、先のことは考えない、という気持ちになっています。

と申しても1月のMRIしだいなので、炎症が治まることを願っています。
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