「前立腺がんに負けないぞう」でまさぞうさんをご存じの方も多いと思います。
D2患者として骨転移の痛みと闘いながら書いておられたブログが、昨年の8月を最後に途切れておりましたが、
そのコメント欄にお姉さんからの書き込みがあり、昨年12月2日にお亡くなりになっていたが判りました。
http://masayase.blogspot.jp/2013/08/33.html#comment-form
このブログをご覧になった方から、この情報を教えていただきました。
腺友ネットでもトップページでリンクはさせていただいていたものの、
直接のお付き合いはなかったわけですが、それにしてもショックですね。
こころよりご冥福をお祈りします。
お姉さんの書かれたコメントを、以下に引用させていただきます。
弟のブログを読んでくださった方々へ
ときどき文中に出てきておりました、まさぞうの姉でございます。
皆さまには、弟のその後の状況をお伝えしたいと思っておりましたが、弟からこのブログのパスワードを聞いていなかったため、どういう方法でお伝えしようか迷っておりましたが、時間ばかりが経ってしまい、結局、このコメント欄でお知らせさせていただくことにいたしました。
弟は、2013年(平成25年)12月2日に永眠いたしました。行年58歳でした。
この1年間は、K大学病院の治験が生きる支えとなり、2週間ごとに病院へ通うことが、日々の生活のもっとも大切なイベントとなっていました。しかし、皮肉にも、大学病院までの往復は(タクシーで1時間以上)、転移した骨にものすごい負担を与えていたのです。病院から帰った日は、決まって体調が悪くなりました。
5月に、体調が急変して入院した際、骨の痛みをとるための放射線治療を2週間にわたって受けました。しばらくはだるさなどの後遺症があったものの、その後はまるで奇跡が起きたように食欲も戻り、日によって波はあるものの、それまで痛みで集中できなかった読書などもできるようになりました。
その頃は、私の方が暑さやそれまでの介護疲れで、ちょっと鬱っぽくなっていたこともあり、「最近は私より元気じゃない?」なんて言ってしまったこともありました。
でも、現実は、やはり少しずつ、そして確実に、病気は進行していました。それは、弟がいちばんよくわかっていたのですけれども。
ちょうど亡くなる一ヵ月前の11月1日のことでした。
「もう次回の治験のために病院まで行く自信がなくなった。夜一人でいるのが不安なのでホスピスに入りたい」と弟から言い出したのです。ちょっとびっくりしました。
...(続きを読む)
D2患者として骨転移の痛みと闘いながら書いておられたブログが、昨年の8月を最後に途切れておりましたが、
そのコメント欄にお姉さんからの書き込みがあり、昨年12月2日にお亡くなりになっていたが判りました。
http://masayase.blogspot.jp/2013/08/33.html#comment-form
このブログをご覧になった方から、この情報を教えていただきました。
腺友ネットでもトップページでリンクはさせていただいていたものの、
直接のお付き合いはなかったわけですが、それにしてもショックですね。
こころよりご冥福をお祈りします。
お姉さんの書かれたコメントを、以下に引用させていただきます。
弟のブログを読んでくださった方々へ
ときどき文中に出てきておりました、まさぞうの姉でございます。
皆さまには、弟のその後の状況をお伝えしたいと思っておりましたが、弟からこのブログのパスワードを聞いていなかったため、どういう方法でお伝えしようか迷っておりましたが、時間ばかりが経ってしまい、結局、このコメント欄でお知らせさせていただくことにいたしました。
弟は、2013年(平成25年)12月2日に永眠いたしました。行年58歳でした。
この1年間は、K大学病院の治験が生きる支えとなり、2週間ごとに病院へ通うことが、日々の生活のもっとも大切なイベントとなっていました。しかし、皮肉にも、大学病院までの往復は(タクシーで1時間以上)、転移した骨にものすごい負担を与えていたのです。病院から帰った日は、決まって体調が悪くなりました。
5月に、体調が急変して入院した際、骨の痛みをとるための放射線治療を2週間にわたって受けました。しばらくはだるさなどの後遺症があったものの、その後はまるで奇跡が起きたように食欲も戻り、日によって波はあるものの、それまで痛みで集中できなかった読書などもできるようになりました。
その頃は、私の方が暑さやそれまでの介護疲れで、ちょっと鬱っぽくなっていたこともあり、「最近は私より元気じゃない?」なんて言ってしまったこともありました。
でも、現実は、やはり少しずつ、そして確実に、病気は進行していました。それは、弟がいちばんよくわかっていたのですけれども。
ちょうど亡くなる一ヵ月前の11月1日のことでした。
「もう次回の治験のために病院まで行く自信がなくなった。夜一人でいるのが不安なのでホスピスに入りたい」と弟から言い出したのです。ちょっとびっくりしました。
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