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いろんな「命」
投稿者:ひげの父さん 投稿日:2012/06/27(水) 11:56:56 Home No.2868 [返信]
 naokiさん

徳永先生についても、以前雑誌か何かで読んだことがあって、HPを訪れたりもしていましたが、
このたびは直接目で見、声を聞いて、なるほどと好印象を強めました。
キューブラ・ロスの本は読んでいませんが、
「臨死体験」(立花隆)の中で何度も引用されていましたね。
柳田邦雄さんについては脳死の息子について書かれた「犠牲」とか、
「(新)がん・50人の勇気」等を読みましたが、その中で西川先生の話も出てきました。

学問として「死に向き合う」ことももちろん必要だと思うのですが、
耳順うと言われる六十を超えても、自分の死生観を持つというのは、なかなか難しいことでして・・・
幸い、私はまだだいぶ時間がありそうなので、あれこれ本も読みながら、
ゆっくり「死に方」を考えてみたいと思っていますが、
残された時間の短い方は、そうもいかないでしょうね。
患者の多くが望むのは、もっと直截的に、死と向き合う「勇気」を得ることだと思うのです。
そうした事例でも良いし、短い言葉のほうが心に響く場合もある・・・
「たとえ世界が明日終わろうと、私はリンゴの木を植える」
(ルターの言葉として、新 がん・50人の勇気の冒頭に出て来ます、以前にも書いたかな?)
えらいお坊さんが現れて、納得のいく有難い説教をしてくれれば手っ取り早くて良いのですが、
そういうお坊さんはたいていインターネットをやっていませんから、出会うのは難しいんですよね(^^;

生命維持装置の使用、安易な胃ろうは「死と向き合う」ことからの逃避でしょうね。
「生物学的な命」には「生きている命」もあれば「死んでいる命」もある。
その見極めが大切だということではないでしょうか。
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