JR福知山線の脱線事故からちょうど7年が経ちました。
ご遺族の姿や、今なお重い後遺症に悩む人がTVで映し出されていましたが、
悲しみや苦しさも、人災だけにより一層大きく、私たちの想像を超えているに違いありません。
7年前の今頃、私はちょうど放射線治療を受けるために入院していました。
月曜から金曜までは毎日照射があり、土曜、日曜は休みで、許可をもらえば帰宅できるわけです。
そして月曜日の朝にまた病院に戻るわけですが、この事故が起こったのがちょうど月曜の朝。
病院に着くなり「大丈夫でしたか」と知り合いのナースに聞かれて、初めてこの大事故を知りました。
私は、私鉄(阪急)だったので大丈夫でしたが、
当時まだ学生だった息子は、JR福知山線で通学しており、安否を確認するまでは、けっこうハラハラものでした。
この脱線事故がニュースで取り上げられるたびに、放射線治療での入院生活と、あの頃オロオロしていた私自身を思い出します。
Motoさん
「子羊」にはちょっと首をかしげてしまいますが、またいつでもお立ち寄りください。(^^)/~
ご遺族の姿や、今なお重い後遺症に悩む人がTVで映し出されていましたが、
悲しみや苦しさも、人災だけにより一層大きく、私たちの想像を超えているに違いありません。
7年前の今頃、私はちょうど放射線治療を受けるために入院していました。
月曜から金曜までは毎日照射があり、土曜、日曜は休みで、許可をもらえば帰宅できるわけです。
そして月曜日の朝にまた病院に戻るわけですが、この事故が起こったのがちょうど月曜の朝。
病院に着くなり「大丈夫でしたか」と知り合いのナースに聞かれて、初めてこの大事故を知りました。
私は、私鉄(阪急)だったので大丈夫でしたが、
当時まだ学生だった息子は、JR福知山線で通学しており、安否を確認するまでは、けっこうハラハラものでした。
この脱線事故がニュースで取り上げられるたびに、放射線治療での入院生活と、あの頃オロオロしていた私自身を思い出します。
Motoさん
「子羊」にはちょっと首をかしげてしまいますが、またいつでもお立ち寄りください。(^^)/~